老人介護のエピソード

 

(30) ちょっと、様子が変です。いま移動中です。

    すぐ来ていただけませんか?

 病院までは近い裏道を利用すると約10分、駐車場に車を置いて病室まで歩いても5分もあればいける便利な距離である。この日はどういうわけか前日親父の亡くなった夢を見て、病院から自宅に連れて帰るか、それとも葬儀屋さんに直接連れて行ってもらうか迷っているものだった。

 私は昔からこのような正夢的なものはよく見るし、一瞬頭に閃いた他人の死もよく当たる。だから、他人の病の話を聞いたとき、その人の寿命の長さが判ることがある。不思議な感じ(能力)だが、他人に話すことも殆ど無ければ自分で利用することもない。

2日に一度の訪問を続ける中で、前の日は訪問せず、その前の訪問時に親父と次回の食前に髭を剃る約束をして帰った。朝食を終わり寛いでいる時だった。携帯電話が鳴り、見ると親父の病院のもの。瞬間的にピンときた。親父がお別れを知らせてくれたと。

 慌ててはいるが落ち着いた言葉で看護士長から「お父様の呼吸の様子がちょっと変です。いま治療のため部屋を移動中です。至急来て頂けませんか?」という電話である。看護士長レベルでは長年の経験で、全てが瞬時に判断できるものだ。4人部屋に2人で居たが、治療用の部屋はナースセンターを挟んで反対側にある。

 私は直ぐに病院へ駆け付けたが、主治医が心臓マッサージをしつつ、肺へ空気を送るフイゴを看護士長が操作しながら、声をかけているところであった。他の看護士も数人がいろいろと手伝っている。士長が私にも「やってみますか?」と言って操作させてくれた。4、5秒に一度空気を送る。心電図の波形がが時折戻って暫く触れる。親父に声をかけながら操作するが、蘇生の見込みはなさそうだ。通常1時間余りこの状態が続き意識が戻らなければ100%ご臨終だという説明を聞いたが、私は即座に「私にはもう判っています。親父はこれで終わりです。」と私のここ数年間の複数の預言と的中実績を話し、昨夜の夢の話も加えた。

 親父は殆ど苦しむこともなく生涯を終えたが、最後の会話は、「次に来たら髭を剃るからね!」「おお。ありがとう!」だけだった。暫くして主治医が「ご臨終です」と昼前の時刻を告げた。9月26日に93歳(数え年94歳)の誕生日を迎え、12月20日のことである。私は謝意を表明し、暫くこのままにしておいて欲しいと頼んだ。髭剃りの約束を果たすという理由を述べ、それが終わってから処置をお願いすることにした。自宅(埼玉)の家内に翌日すぐに来るように電話をし、地元の葬儀屋にお迎えの時間を約束、髭剃り用具を取りに帰った。

 折しも1月末が大学の期末試験で猛勉強中であった。それも親父にもしものことがあったら大変なので元気なうちに頑張っておこうと、一般学生が7~8目選択するのに私は15科目も選択していたのである。大学から心配してわざわざ電話をかけて下さったほどである。にも拘わらず、事件は予期しない時に起こるのが世の常、葬儀も初七日も済ませ、試験期間中に四九日法要も仕切る忙しさであったが1科目も落とすことなく、むしろ思った以上に満足の良い位の成績で見事に全科目パス。残りの1年で無事卒業し、親父の霊前に学位記を供え感謝をした。そして引き続き別コースに再び学士入学したことも報告した。

 2年後には2つ目のコースを卒業、またまた学士入学をして3つ目のコースへ。年も重ねてきたことだし、3つ目は2年と言わず6年位かけて卒業することにし、その間にコース外の(エキスパートの)勉強と遊び(観光)にも時間を割くつもりである。

 

長い間ご購読ありがとうございました。自分では介護奮戦記を 1/3~1/5 に圧縮して書いたつもりですが、工学系のエンジニアには、文学系の素質もなく、表現力に乏しい、つまらない冗長記述が多くなってしまいました。お気づきの点やご意見などありましたら、ひと言お寄せ下さい。

最後までお読み頂きありがとうございました。

 

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